一年に一度、海を見ながら会社のことを考える――熱海で開く、一人経営戦略会議

熱海
熱海

2026年8月、熱海を訪れた。

ここ数年、毎年この時期に熱海へ来ることにしている。

熱海駅
熱海駅

目的は観光ではない。

会社の決算が終わったあとに、一人で経営戦略会議をするためである。

場所は、熱海の海を望むオーシャンスパ Fuua。

温泉に入り、海を眺めながら、この一年を振り返る。

会社はどうだったか。

来期は何をするのか。

何を伸ばすのか。

何をやめるのか。

熱海
行きの新幹線

そして会社だけではなく、自分自身についても考える。

この一年で何ができたのか。

何を勉強したのか。

どこへ行ったのか。

来年はどうなっていたいのか。

普段は目の前の仕事に追われて、なかなか考えられないことを、ここで一度全部広げてみる。

自分にとって熱海は、少しずつそんな場所になってきた。

社長には、誰も区切りをつけてくれない

会社員であれば、組織の側がある程度、時間に区切りをつけてくれる。

期初がある。

評価面談がある。

上司との面談がある。

異動がある。

会社によっては研修もある。

けれど、自分で会社を経営していると、

「ここで立ち止まって考えなさい」

と言ってくれる人はいない。

熱海駅
熱海駅

決算が終わっても、翌日には普通に仕事がある。

メールが来る。

案件が動く。

請求書を出す。

営業をする。

問題が起きれば対応する。

そして、そのまま次の一年が始まってしまう。

社長として考えなければならないことは、山ほどある。

売上。

利益。

資金。

顧客。

営業。

採用。

事業。

技術。

将来への投資。

それに加えて、

自分自身の人生もある。

熱海
熱海

放っておけば、全部が一つにつながってしまう。

だから、自分で区切りをつくることにした。

「決算が終わったら、熱海へ行く」

ただそれだけである。

でも、この決まりがあることで、

一年を一度、ちゃんと終わらせることができる。

海の前では、少し長い時間で考えられる

Fuuaから海を眺める。

普段、自分が仕事をしているときの時間軸は短い。

熱海
熱海

今週どうするか。

今月の売上はどうするか。

この案件をどうするか。

明日の打ち合わせはどうするか。

そういうことばかり考えている。

でも、海を眺めていると、

少しだけ時間の尺度が変わる。

この会社を五年後どうしたいのか。

十年後、自分は何をしていたいのか。

そもそも、何のために会社を経営しているのか。

熱海
熱海

売上を増やすことだけが目的なのか。

どんな仕事を残したいのか。

どんな人間になりたいのか。

普段とは違う場所へ行くと、

問いそのものが少し変わる。

答えが出るとは限らない。

それでも、

目の前の仕事から少し離れて考えるだけで、

見えるものがある。

熱海は昔から「休んで考える場所」だったのだろうか

海を眺めながら、ふと思った。

熱海
熱海

熱海には昔から、

自分と同じように、

日常から少し離れるために来た人がいたのだろうか。

調べてみると、これはかなり当たっていた。

ただし、「避暑地」というより、歴史的には温泉を利用した湯治・療養・保養地と呼ぶ方が正確である。

熱海市によれば、江戸時代には徳川家康が1597年と1604年に熱海で湯治した記録がある。明治時代になると皇族や政財界人、文人たちが訪れるようになり、1888年には健康が優れなかった皇太子、のちの大正天皇のために熱海御用邸も建てられた。

明治中期になると、熱海は従来の湯治場から次第に「保養地」へと変化していったという。大正時代には実業家や文化人が別荘を構え、1925年に国鉄熱海線が開通すると、東京から保養や観光に訪れる人が急増した。

熱海
熱海

熱海市自身も、明治中頃から大正期を、政財界の要人や文人墨客が別荘を所有し、熱海が高級保養地として成長した時期と位置づけている。

なるほど。

自分は2026年に、

決算を終えて東京から熱海へ来て、

海を見ながら会社のことを考えている。

百年以上前には、

実業家や政治家や文人たちが、

やはり東京の日常を離れて熱海へやって来ていた。

もちろん、目的も時代も違う。

けれど、

日常から少し離れ、湯につかり、海を眺め、身体と頭を休ませる。

そのための場所として熱海が選ばれてきた歴史は、確かにある。

そう考えると、

毎年ここへ来ることが少し面白く感じられる。

経営戦略は、机の上だけで考えなくてもいい

「経営戦略会議」というと、

会議室を想像する。

パソコンを開く。

数字を並べる。

資料を作る。

売上目標を書く。

熱海
熱海駅前

もちろん、それも必要である。

自分も数字は見る。

一年間の売上はどうだったか。

利益は残ったか。

現金は増えたか。

どの仕事が利益を生んだか。

来期はどこへ投資するか。

経営者なら、そこから逃げてはいけない。

でも、

数字だけを見ていても決められないことがある。

そもそも、

この会社をどこへ持っていきたいのか。

自分は何を得意とする会社にしたいのか。

どんな仕事なら十年続けたいのか。

何のために利益を増やしたいのか。

これは、Excelだけでは答えが出ない。

だから、

温泉に入る。

海を見る。

ぼーっとする。

そして考える。

意外と、

そういう時間の方が大きな問いには向いているのかもしれない。

会社だけではなく、自分も棚卸しする

もう一つ、この時間にやることがある。

個人の棚卸しである。

会社の決算では、

一年間の数字を締める。

だったら、

人間にも一年に一度くらい決算があってもよい。

この一年、

何を始めたか。

何をやめたか。

何を学んだか。

どんな人に会ったか。

どこへ行ったか。

身体はどうだったか。

時間を何に使ったか。

去年やりたかったことは、どこまでできたか。

そして、

次の一年を何に使うのか。

会社の売上だけ増えて、

自分自身が何も育っていなかったら、

それも少し違う。

逆に、思ったほど会社が伸びなかった一年でも、

新しく身についたものがあるかもしれない。

人間の一年は、

損益計算書だけでは測れない。

だから会社と一緒に、

自分自身も決算する。

目標は、立てるだけではなく見直す

一年もあれば、

考えは変わる。

去年やりたかったことが、

今年も本当にやりたいとは限らない。

興味を失ったものもある。

逆に、

去年には想像していなかった目標が生まれていることもある。

だから、

昔決めた目標を何が何でも達成することだけが正しいとは思わない。

「なぜ、これをやりたかったのだろう」

と考え直す。

まだやりたいなら続ける。

違うと思えばやめる。

新しく大切になったものがあれば入れる。

会社の戦略と同じである。

計画は、

守るためだけにあるのではない。

現在地を見ながら、

進む方向を修正するためにある。

毎年、同じ場所へ戻ってくる

こうして考えると、

毎年同じ場所へ来ることにも意味がある。

初めての場所では、

景色そのものに気を取られる。

観光したくなる。

いろいろ見たくなる。

けれど、

何度も来ている場所なら、

少し落ち着いて考えられる。

そして、

去年ここに座っていた自分を思い出せる。

去年は何を考えていたのか。

何に悩んでいたのか。

何を目標にしていたのか。

一年たって、

何が変わったのか。

変わらなかったものは何か。

同じ海を見ながら、

違う自分を比べる。

場所を固定することで、

時間の変化が見える。

これは毎年違う場所へ旅行するのとは、

また違う面白さがある。

経営者にも、節目がいる

会社を経営していると、

どうしても前を見る。

次の案件。

次の売上。

次の事業。

次の一年。

でも、

ずっと前だけを見て走っていると、

自分がどこから来たのか分からなくなる。

だから、

一年に一度くらいは止まる。

数字を見る。

失敗を見る。

できたことも見る。

自分自身も見る。

そして、

いったん一年を終わらせる。

それから、

次へ行く。

深川不動堂の護摩が、

自分にとって一週間の区切りになりつつあるなら、

熱海は一年の区切りなのかもしれない。

週に一度、自分を振り返る場所がある。

年に一度、自分と会社を振り返る場所がある。

そうやって時間に節目をつくることで、

長い人生も少し歩きやすくなるのかもしれない。

また一年、頑張ろう

海を見ても、

経営の問題が勝手に解決するわけではない。

売上が増えるわけでもない。

仕事が降ってくるわけでもない。

来期だって、

きっといろいろなことが起きる。

思った通りにいかないこともあるじゃろう。

それでも、

一年を振り返って、

次に進む方向を決めて、

温泉に入って、

海を眺める。

そうすると、

不思議と、

「また一年、頑張るか」

と思える。

それで十分なのかもしれない。

経営とは、

一度すごい戦略を立てれば終わるものではない。

一年やって、

考える。

修正する。

また一年やる。

人生も、たぶん同じである。

熱海の海は、

自分が会社を始めるずっと前からそこにある。

明治の実業家たちも、この海を眺めたかもしれない。

そして来年も、

会社の決算を終えたら、

またここへ来ようと思う。

去年より少し成長した会社と、

去年より少し成長した自分を連れて。

ふむ。

一年というのは、

長いようで、振り返ってみると案外短いものじゃ。

だからこそ、

流れたまま次の一年へ行かず、

一度きちんと岸へ上がって、

「さて、次はどこへ行こうか」

と考える時間があってもよいのじゃろう。

さて。

あなたには、一年に一度、

立ち止まって自分の現在地を確かめる場所があるじゃろうか。

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沙門家鴨(しゃもん-あひる)があがあ寺の管理人
があがあ寺の管理人。
普段はITとエンターテイメントの会社を営んでいます。

寺社を巡り、山を歩き、本を読み、ときどき旅に出ます。
空海をはじめ、仏教・歴史・文化について学ぶのが好きです。

「限りある人生を、どう生きるか。」
そんなことを、よく考えています。

まだ修行の途中。

旅と読書と日々の暮らしの中で考えたことを、ここに書いています。
答えを説くというより、一緒に考えるために。

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