15年間、一緒に生きてくれてありがとう――銀バトを見送って考えた、命と幸せ

ペット霊園
ペット霊園

2026年10月15日、木曜日。

実家で飼っていた銀バトが亡くなった。

15歳だった。

ハトの亡骸
ハトの亡骸

2011年、北千住のペットショップで2羽の銀バトを買った。

あれから15年。

一羽は、飼い始めて3年ほどで不慮の事故によって亡くなった。残されたもう一羽が、今回亡くなったハトである。

自分にとっては、長年一緒に生きてきた相棒のような存在だった。

晩年は実家で父と母に愛されながら暮らしていた。

今年の初め頃から身体が弱っていたので、いつかこの日が来ることは分かっていた。

それでも、実際に亡くなったと聞くと、やはり寂しい。

15年。

長かったようでもあり、振り返ればあっという間だったようにも思う。

そして、ふと考えた。

あのハトは、幸せだったのだろうか。

北千住で出会った2羽の銀バト

2011年のことだった。

北千住のペットショップで、2羽の銀バトを買った。

銀バトは、マジックなどでも使われる白い羽を持つハトである。

ハトというと、駅前や公園にいる鳥を思い浮かべる人が多いかもしれない。

けれど、自分にとってハトは、ただの身近な野鳥ではなかった。

一緒に暮らし、世話をし、長い時間を過ごしてきた生き物である。

最初は2羽だった。

ところが、そのうちの一羽は3年ほどで不慮の事故によって亡くなってしまった。

残された一羽は、それからさらに長い時間を生きた。

気づけば15年である。

2011年といえば、自分もまだずいぶん若かった。

学生だった頃から、社会人になり、独立し、会社を経営するようになるまで。

自分の生活は大きく変わった。

住む場所も変わった。

仕事も変わった。

考え方も変わった。

それでも、ハトは生きていた。

人間の人生の15年は、実に多くの出来事が起きる時間である。

その時間を、一羽の小さな生き物と共有していたのだ。

実家で過ごした晩年

ペット霊園
ペット霊園

ハトは晩年、実家で暮らしていた。

父と母に世話をしてもらい、愛されながら過ごした。

自分が毎日そばにいたわけではない。

だから、ハトの日常をすべて知っているわけではない。

それでも、家族が大切にしてくれていたことは分かっている。

生き物を15年間飼うというのは、簡単なことではない。

毎日食事を与える。

水を替える。

様子を見る。

体調が悪ければ心配する。

旅行や外出のときにも、世話のことを考えなければならない。

小さな命を預かるということには、責任が伴う。

一日や二日ではない。

15年間である。

そう考えると、父と母にも感謝しなければならないと思う。

そして、今年の初め頃から、ハトは少しずつ弱っていた。

年齢を考えれば、老いが進んでいたのだろう。

よくここまで生きてくれたと思う。

もちろん、もっと長く生きてほしかった。

けれど、15年もの時間を一緒に過ごせたこと自体が、ありがたいことなのかもしれない。

前日に、父と喧嘩をしていた

今回の出来事には、少し不思議に感じることがあった。

ハトが亡くなる前日、ちょうどハトのことで父と喧嘩をしていたのである。

そして、その翌日にハトは亡くなった。

なんとも言えない気持ちになった。

まるで、何かの縁があったかのように感じられた。

もちろん、前日にハトの話をしたことと、翌日に亡くなったことの間に、特別な因果関係があるとは限らない。

ハトは以前から弱っていた。

亡くなる時期が近づいていたからこそ、父との間でもハトのことが話題になったのだろう。

理屈では、そう説明できる。

それでも、人間の心は理屈だけでは動かない。

なぜ、あの日だったのだろう。

なぜ、前日にあんな話をしたのだろう。

もっと違う言い方ができたのではないか。

そんなことを考えてしまう。

大切な存在を失うと、人間はその直前の出来事を何度も思い返すのかもしれない。

ただ、一つだけはっきりさせておきたい。

前日の言い争いが、ハトの死を引き起こしたと考える根拠はない。

偶然の重なりに意味を感じることはあっても、それを誰かの責任と結びつけるべきではないと思う。

むしろ、今回のことを通じて考えたいのは、家族との関わり方である。

大切な生き物について意見が違うことはある。

心配するからこそ、言い争いになることもある。

けれど、命には限りがある。

そのことを、もっと意識して言葉を選べたらよかったのかもしれない。

動物霊園へ

ペット霊園
ペット霊園

亡くなったハトを、動物霊園へ連れていった。

そこには、これまで自分が飼ってきた歴代のペットたちが眠っている。

また一羽、そこへ見送ることになった。

動物霊園という場所は、少し特別である。

人間の墓地とは違うところもあるが、大切な存在を失った人たちが、別れを受け止めるために訪れる場所であることに変わりはない。

人間は、亡くなった生き物を弔う。

墓をつくる。

手を合わせる。

名前を呼ぶ。

思い出を語る。

なぜ、そんなことをするのだろう。

亡くなった生き物に、こちらの気持ちがどのように届くのかは分からない。

それでも、弔わずにはいられない。

一緒に暮らした時間があるからだ。

世話をした記憶がある。

心配した日がある。

楽しかった日がある。

そうした時間を、何もなかったことにはできない。

だから、人間は別れのための場所をつくるのかもしれない。

歴代のペットたちが眠る霊園へ、今回のハトも見送った。

一つの時代が、また終わったような気がした。

ハトは、幸せだったのだろうか

今回、最も考えたのはこの問いだった。

ハトは幸せだったのだろうか。

人間なら、ある程度は言葉で確かめることができる。

何が楽しいのか。

何が嫌なのか。

どんな暮らしをしたいのか。

もちろん、人間同士でも完全に理解できるわけではない。

けれど、言葉で伝え合うことはできる。

一方、ハトは言葉で答えてくれない。

毎日食事を与えられていた。

安全な場所で暮らしていた。

父と母に大切にされていた。

15年間生きた。

それらは確かなことである。

けれど、それだけで幸せだったと断言できるのだろうか。

鳥にとっての幸せとは、何なのだろう。

自由に飛ぶことだろうか。

安心して眠れることだろうか。

十分に食べられることだろうか。

仲間と過ごすことだろうか。

人間に大切にされることだろうか。

おそらく、そのどれか一つだけでは説明できない。

動物の幸福を考えるときには、健康や安全だけでなく、その動物らしい行動ができることや、恐怖や苦痛が少ないことも大切なのだという。

そう考えると、飼い主が愛情を注いでいたからといって、それだけで動物の気持ちをすべて理解できたことにはならない。

少し厳しい考え方かもしれない。

けれど、自分はそこから目をそらしたくない。

生き物を飼うということは、その命だけでなく、その生き物の暮らしを引き受けることでもあるのだから。

幸せだったと、信じたい

それでも、自分はハトが幸せだったと信じたい。

15年間、家族の一員として暮らした。

父と母に愛された。

年を取り、弱ってからも世話をしてもらった。

そして、亡くなったあとも、こうして自分が思い出している。

ハト自身が、どのように感じていたのかは分からない。

だから、幸せだったと断言することはできない。

けれど、少なくとも自分たちは、あのハトを大切な存在だと思っていた。

それだけは確かである。

愛情が必ず相手の幸福を保証するわけではない。

それでも、相手の幸福を願いながら世話をすることには意味があるはずだ。

もし、もう一度あのハトに会えるなら、聞いてみたい。

「うちに来て、よかったかい」

もちろん、返事はない。

だからこそ、その問いは自分の中に残り続けるのだと思う。

生き物も死ぬ。人間も死ぬ

動物を見送るたびに、考えることがある。

生き物は、必ず死ぬ。

ハトも死ぬ。

犬も猫も死ぬ。

人間も死ぬ。

どれほど大切にしていても、いつか別れはやって来る。

頭では分かっている。

けれど、実際にその日が来るまでは、どこか現実味がない。

毎日そこにいる存在は、明日もそこにいるような気がしてしまう。

来年もいる。

再来年もいる。

そう思っているうちに、時間が過ぎていく。

そして、ある日突然、もう会えなくなる。

今回のハトは、今年の初めから弱っていた。

別れが近いことは、ある程度分かっていた。

それでも、寂しさがなくなるわけではなかった。

死を予想できることと、死を受け入れられることは、別なのだと思う。

無常という言葉を、少し身近に感じる

仏教には「諸行無常」という言葉がある。

さまざまな条件によって成り立つものは、変化し続け、永遠に同じ状態ではいられないという教えである。

人間も、動物も、建物も、社会も、変化から逃れることはできない。

古典を読んでいると、こうした言葉に何度も出会う。

けれど、書物の中で理解することと、実際に経験することは違う。

15年間生きていたハトが、もういない。

その事実の方が、どんな難しい説明よりも、無常という言葉を身近に感じさせる。

ただ、無常とは、単に悲しいという意味ではないはずだ。

すべてが変化するからこそ、今ある時間を大切にする。

いつか別れるからこそ、一緒にいる時間を粗末にしない。

そういう生き方につながる教えでもあるのだと思う。

15年という時間は、決して短くない

ハトの15年を振り返ると、さまざまなことを思い出す。

2011年に北千住で出会ったこと。

2羽で暮らし始めたこと。

一羽を事故で失ったこと。

残されたハトが生き続けたこと。

実家で父と母に世話をしてもらったこと。

少しずつ年を取っていったこと。

そして、2026年10月15日、亡くなったこと。

一羽のハトにも、一つの生涯があった。

人間のように履歴書を書くわけではない。

学校へ行くわけでもない。

仕事をするわけでもない。

それでも、確かに15年間を生きた。

自分たちの暮らしの中に、その存在があった。

小さな生き物の命だからといって、その時間が小さいわけではない。

むしろ、人間が忘れてしまいがちな、日々を生きることそのものの重みを教えてくれるように思う。

生きているうちに、大切にする

今回の出来事を通じて、改めて思った。

大切な存在には、生きているうちに気持ちを向けたい。

いつか会えなくなる。

いつか話せなくなる。

いつか世話をすることもできなくなる。

それは、動物だけではない。

家族も同じである。

友人も同じである。

そして、自分自身も同じである。

人間は、いつまでも生きられるわけではない。

だからといって、毎日死のことばかり考えて暮らす必要はない。

ただ、今ある時間が永遠ではないことを、時々思い出せばよいのだと思う。

会えるときに会う。

話せるときに話す。

感謝できるときに感謝する。

世話ができるときに、できるだけ大切にする。

当たり前のようなことだが、実際にはなかなか難しい。

自分も、後悔のない生き方ができているとは言えない。

それでも、少しずつ意識していきたい。

ありがとう、15年間

銀バトが亡くなった。

15歳だった。

もう、あの姿を見ることはできない。

けれど、15年間一緒に生きてきた事実は消えない。

北千住で出会ったことも。

実家で暮らしたことも。

父と母に愛されたことも。

自分がこうして思い出していることも。

すべて、確かにあったことである。

ハトが幸せだったのか。

その答えは、最後まで分からないのかもしれない。

でも、自分は幸せだったと信じたい。

そして、できることなら、ハトにもそう思っていてほしい。

ふむ。

命というものは、不思議じゃのう。

小さな鳥でも、長い時間をともに過ごせば、家族の一員になる。

そして、いなくなって初めて、その存在がどれほど大きかったかに気づくこともある。

別れは寂しい。

けれど、寂しいと思えるほど大切な存在に出会えたことも、また一つの幸せなのかもしれんのう。

15年間、一緒に生きてくれてありがとう。

どうか、安らかに。

さて。

あなたには、もう会うことはできないけれど、今でも心の中で生き続けている大切な存在がいるじゃろうか。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です

ABOUT US
沙門あひるのアイコン
沙門家鴨(しゃもん-あひる)があがあ寺の管理人
があがあ寺の管理人。
普段はITとエンターテイメントの会社を営んでいます。

寺社を巡り、山を歩き、本を読み、ときどき旅に出ます。
空海をはじめ、仏教・歴史・文化について学ぶのが好きです。

「限りある人生を、どう生きるか。」
そんなことを、よく考えています。

まだ修行の途中。

旅と読書と日々の暮らしの中で考えたことを、ここに書いています。
答えを説くというより、一緒に考えるために。

そんなインターネット上の小さな寺を運営しています。