親と旅ができる時間は、思っているより短い

父と玉造温泉(長楽園)にて
父と玉造温泉(長楽園)にて

2025年11月。

父と二人で、鳥取から島根、そして山口へ旅をした。

鳥取砂丘を歩き、白兎神社へ。

松江では松江城を訪ね、出雲大社から日御碕へ向かった。

玉造温泉に泊まり、石見銀山を歩いた。

さらに西へ進み、萩では松陰神社や伊藤博文旧宅を訪ねた。

元乃隅神社へ行き、角島大橋を渡り、新山口駅までたどり着いた。

ずいぶん長い距離を移動した旅だった。

けれど今になって考えると、

どこへ行ったか以上に大切だったことがある。

父と二人で旅をしたことじゃ。

母がいなくなって、三ヶ月だった

この旅には、もう一つ背景があった。

母が亡くなってから、まだ三ヶ月ほどしか経っていなかった。

それまでの家族には、父がいて、母がいて、子がいた。

それが長く続いていたから、

どこかでその形がずっと続くような気がしていた。

けれど、一人がいなくなった。

すると不思議なもので、

残った二人の関係まで少し変わったように感じる。

父と息子。

それは昔から同じなのに、

母がいたころの父と息子と、

母がいなくなってからの父と息子は、

どこか違う。

そしてこの旅は、

そんな二人になってから初めての、長い旅だった。

父もまた、誰かを失った一人だった

子どもから見ると、

父はいつまでも「父」じゃ。

じゃが、このときの父は、

妻を亡くして三ヶ月ほどの、一人の人間でもあった。

考えてみれば当たり前のことなのじゃが、

親を「親」という役割だけで見ていると、案外そこを忘れてしまう。

父にも父の人生がある。

父にも若かったころがある。

悩んだこともあれば、失敗したこともある。

そして、

大切な人を失った悲しみもある。

息子だからといって、

そのすべてを理解できるわけではない。

無理に理解しなくてもよいのかもしれん。

この旅でも、

ずっと母について話していたわけではなかった。

車に乗る。

観光地を歩く。

腹が減れば飯を食う。

温泉に入る。

道の駅へ寄る。

そんな普通のことを繰り返した。

それでよかったのだと思う。

親との時間は、いつまでも続くように思える

子どものころ、親はいつもそこにいる。

朝になればいる。

家に帰ればいる。

休みの日には、一緒にどこかへ出かけることもある。

それが何年も続くものだから、

人間はいつの間にか、

「親がいる」

ということを日常の一部として考えるようになる。

けれど、自分が大人になる。

仕事を始める。

一人で暮らす。

自分の予定が増えていく。

すると、

親と丸一日過ごすことさえ、いつの間にか珍しくなる。

ましてや数日間、二人で旅をする機会など、そう多くはない。

母を亡くしたことで、

それまで頭では分かっていたことが、

少し違って見えるようになった。

人と一緒にいられる時間には、

本当に終わりがあるのじゃ。

あと何回、一緒に旅ができるのじゃろう

ふむ。

少し妙な計算をしてみようかのう。

仮に親と一年に一度旅行するとする。

あと十年間続けられたとしても、

十回じゃ。

二年に一度なら、五回しかない。

もちろん人生は、そんな計算通りには進まん。

親が元気でいられる期間も分からない。

自分の生活が変わることもある。

仕事が忙しくなることもある。

だから、

「またいつでも行ける」

という言葉は、本当のようでいて、

あまり当てにならない。

いつでもできると思っていたことが、

ある日突然、

もうできないことになる。

人生には、そういうことがあるのじゃ。

悲しみの中でも、人は普通に生きている

母が亡くなって三ヶ月。

だからといって、

旅のあいだ中、悲しんでいたわけではない。

面白いものを見れば面白いと思う。

腹も減る。

温泉に入れば気持ちがよい。

くだらない話もする。

笑うことだってある。

そして何でもない瞬間に、

いなくなった人のことを思い出す。

悲しみとは、

生活を全部止めてしまうものではなく、

いつもの生活の中へ少しずつ混ざっていくものなのかもしれん。

亡くなった人を大切に思うことと、

残された人が先へ進むことは、

きっと矛盾しない。

名所より、何でもない時間が残る

今回の旅では、

鳥取砂丘、松江城、出雲大社、日御碕、石見銀山、萩、角島と、

たくさんの場所を訪ねた。

けれど何年か経ったとき、

意外と覚えているのは、

そうした名所ではないかもしれない。

道の駅で休んだこと。

車の中でした話。

何を食べるか相談したこと。

温泉から上がってぼんやりしたこと。

予定より遅くなったこと。

旅というものは不思議じゃ。

名所を見るために出かけたはずなのに、

最後には、

誰かと一緒に過ごした何でもない時間の方が大切になったりする。

「いつか」は、予定表には載っていない

親孝行というと、

何か立派なことをしなければならないような気がする。

じゃが、そんなに難しく考えなくてもよいのではないかのう。

一緒に飯を食べる。

話を聞く。

近所を歩く。

温泉へ行く。

そして、ときには一緒に旅をする。

それだけでもよい。

大切なのは、

「そのうち」

だけで終わらせないことじゃ。

いつか旅行へ行こう。

いつか話を聞こう。

いつか飯でも食おう。

その「いつか」は、

放っておいても予定表には現れない。

自分で日付を入れなければ、

いつまでも「いつか」のままなのじゃ。

一緒に行けるうちに

旅の終わり、新山口駅まで来た。

何日もかけて西へ進んできた旅も、

そこで一区切りとなった。

この旅で、

何か特別な答えが出たわけではない。

母を失った悲しみが消えたわけでもない。

父と息子で、

人生について立派な結論を出したわけでもない。

ただ、

二人で車に乗り、

一緒に歩き、

一緒に飯を食べ、

同じ景色を見た。

それだけじゃ。

けれど人生には、

「それだけ」で十分な時間があるのかもしれん。

何か意味のあることを言わなくてもよい。

誰かを励まさなくてもよい。

ただ隣にいて、

同じ方向へ進む。

そして、

一緒にいられるうちに、一緒にいる。

人生を振り返ったとき、

そういう時間こそ、

案外大切なものとして残っているのかもしれんのう。

さて。

あなたにも、

「いつか一緒に」と思っている人がおるじゃろうか。

その「いつか」に、

そろそろ日付を入れてみても良いかもしれんぞ。

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沙門家鴨(しゃもん-あひる)があがあ寺の管理人
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寺社を巡り、山を歩き、本を読み、ときどき旅に出ます。
空海をはじめ、仏教・歴史・文化について学ぶのが好きです。

「限りある人生を、どう生きるか。」
そんなことを、よく考えています。

まだ修行の途中。

旅と読書と日々の暮らしの中で考えたことを、ここに書いています。
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